会長挨拶

第15代 大分県病院協会 会長
   山本 記顯
(医療法人顕秀会 石垣病院 理事長)

このたび、令和2年6月27日の定時社員総会におきまして一般社団法人大分県病院協会会長(代表理事)に選任されました。

令和2年早々より新型コロナ感染症が続いており未だ収束の見通しも立たず、経済情勢も深刻な低迷が懸念されています。医療機関にも強い逆風が吹きつける中、新役員一同と共にこの苦境を打開すべく一丸となって邁進致したいと思います。また毎年秋に行われる大分県病院学会も私共のトップ事業として開催を続けていく所存でございます。

今後ともより一層のご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げ、会長就任の挨拶とさせて頂きます。

令和2年7月吉日

大分県病院協会とは

大分県病院協会は1952年4月12日、県下23病院中の15病院長が参加して発足しました。初代会長は浜脇病院の小池親鑑院長でした。病院間の親睦や情報交換、また寝具納入業者との交渉による基準寝具賃貸契約の締結などをしていたそうです。1971年には事務長部会が発足して協会の推進軸になり、1972年には広報部会が発足して協会報第1号が発刊されました。

また1973年、婦長部会が誕生し、1977年には栄養部会も発足して協会の3大推進軸として更に前進させてきました。労務管理や保険点数の改訂に伴う説明会、接遇や看護教育などをテーマに講演会や研修会が開催され、1981年には第1回大分県病院学会が県医師会館で開催、翌年からは開催場所も吉村薬品本社に移して毎年開催されるようになり出席人数も増加の一途をたどり、1996年、岡宗由第12代会長の時から特別講演に加えて分科会方式が採用され、今日の病院学会の基本が整いました。

更に、2003年、井野邊義一第13代会長の時に医療技術部会、社会福祉部会が発足し参加人数も増加したため別府のビーコンプラザで学会を開催するようになりました。折しも医療崩壊が進行するという危機的な状況の下で時代の現状を分析し、明日への道を模索するために時勢にマッチした特別講演、シンポジウム、分科会が毎年開催されました。

特に医療のリスクマネジメントや病院評価機構についての講演、人材育成などの特別講演では常に満席状態となり、良質の医療介護を提供し医療人の誇りを持って達成感を得るような人材育成をする必要があるという事で更なる学会運営の改善を続けています。

今後とも会員の皆様方の医療経営情報の提供、部会研修会、病院学会の充実に力を注ぎたいと思いますのでどうぞよろしくご支援、ご協力のほどをお願い申し上げます。

沿革

昭和27年4月大分県病院協会(任意団体)設立
昭和37年4月大分県病院事務長会発足
昭和46年4月大分県病院事務長会が病院協会の傘下となり、
事務長部会(現事務部会)が発足
昭和48年2月病院婦長部会(現看護部会)発足
昭和52年4月栄養士部会(現栄養部会)発足
昭和56年11月第1回大分県病院学会開催
平成15年8月医療技術部会、社会福祉部会 発足
平成22年4月一般社団法人大分県病院協会設立
平成24年6月創立60周年記念式典開催

役員名簿

 協会役員

会 長山本 記顯 (石垣病院 理事長)
副会長畑  洋一 (畑病院 理事長・院長)
副会長小寺  隆 (佐伯中央病院 理事長)
理 事武居 光雄 (諏訪の杜病院 理事長・院長)
理 事帆秋 善生 (大分丘の上病院 理事長・院長)
理 事井野邊純一 (井野辺病院 理事長・院長)
理 事秋満 忠郁 (大分循環器病院 理事長・院長)
理 事黒木 健次 (黒木記念病院 理事長・院長)
理 事内田 明宏 (内田病院 理事長・院長)
理 事佐藤 仁一 (佐藤第一病院 理事長)
理 事瀧上  茂 (高田中央病院 理事長)
理 事川嶌 眞之 (川嶌整形外科病院 院長)
理 事山本  亨 (大分友愛病院 理事長・院長)
理 事山下 太郎 (高田病院 理事長・院長)
理 事曽根  勝 (曽根病院 理事長・院長)
理 事松尾 則義 (帰巖会みえ病院 理事長)
監 事豊田 貫雄 (大分記念病院 名誉理事長)
監 事長松 宜哉 (佐賀関病院 会長)
名誉会長川嶌 眞人 (川嶌整形外科病院 理事長)
顧 問岡  宗由 (大分岡病院

〈理事16名 監事2名〉

 部会委員

事務部会 部長三宮 良雄 (井野辺病院
看護部会 部長伊藤美津子 (別府リハビリテーションセンター
栄養部会 部長中野 広美 (佐賀関病院
医療技術部会 部長古原 岳雄 (大分中村病院
社会福祉部会 部長日野 雄介 (佐賀関病院

関係機関

公益社団法人全日本病院協会

097-540-5526受付時間 9:00-16:00 [ 土・日・祝日除く ]

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